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「福井市民の誇り百選」
 歴史の部
01 一乗谷朝倉氏遺跡・庭園   19.1.22
 戦国大名朝倉孝景が一乗谷に築城してから越前の国を支配した城下町跡。現在は、
 武家屋敷・町屋などの町並みが復元、国の特別史跡・特別名勝に指定されている。

02 養浩館(旧御泉水屋敷)・庭園  19.1.23 
 旧福井藩主・松平家の別邸。その優美な書院建築と、回遊式林泉庭園が織りなす景
 観は、気品に溢れた表情を醸し出している。 
03 燈明寺畷新田義貞戦没伝説地  19.1.24
 南北朝時代の武将新田義貞が暦応元年に、斯波高経の軍勢に出会い、無念にも破れ戦死したと伝えられる場所。国指定史跡となっている。
04 福井城址  19.1.25
 初代福井藩主・結城秀康が築城し、約270年17代に渡って越前松平家の繁栄の部隊
 となった名城.現在では、本丸の石垣と堀の一部だけが残され、県庁が建っている。
05 足羽神社  19.1.26
 継体天皇を主神とする古社。境内のシダレザクラは樹齢350年で、市の天然記念物に指定されている。

06 毛矢黒龍神社  19.1.27
 足羽山の東麓にあり、創建は26代継体天皇までさかのぼる。天皇が福井平野の治を行った際に建立された。

07 柴田神社  19.1.28
 約430年前、北の庄が築かれたころ。城主は猛柴田勝家。天正11年豊臣秀吉の軍に攻められ、自ら火を放ち、妻のお市の方とともに壮絶な最期を遂げた。
08 神明神社  19.1.29
 旧県社。天照皇大神を祭神とする。歴代の国主は氏神として崇敬してきた。

09 藤島神社  19.1.30
 鎌倉・南北朝時代の名将・新田義貞とその一族を祀る。義貞が着用していたといわれる兜が社宝として保存されていて、国の重要文化財に指定されている。
10 瑞源寺  19.1.31
 臨済宗妙心寺派の寺で、福井藩5代藩主昌親とその母高照院の菩提寺である。本堂と書院は県指定文化財となっている。境内の萩も見事である。
11 盛源寺  19.2.1
 天台真盛宗の寺院。境内や参道には石仏、石塔が数多く遺存している。朝倉氏が全盛を極めた戦国期の紀年が見られ、追善供養のために造られたものが多い。

12 専照寺(中野本山)  19.2.2
 浄土真宗三門徒派本山(通称中野本山)と知られる。
13 泰澄寺  19.2.3
 奈良時代の名僧・泰澄の生誕の場所とされる寺である。境内には泰澄の産湯に使ったとされる産湯の池をはじめ、室町時代のものと推定される市指定文化財の梵鐘がある。
14 超勝寺  19.2.4
 北陸で一向一揆が続発していた戦国時代末頃の、本願寺派教団の拠点の一つ。本願寺の直系が代々住職を務め、格式の高さを誇っていた。     
15 大安禅寺  19.2.5
 歴代福井藩主の廟所として建てられた臨済宗妙心寺派の寺。国の重要指定文化財数百点が保存されている。座禅堂「枯木堂」では、座禅宿泊研修をすることができる。
16 朝日山不動寺  19.2.6
 正徳元年(1711)、頻繁に起こる天災に恐慌をきたしていたころ、夢のお告げで朝日のあたる場所に「不動明王」を設置kしたのが、不動寺の始まりといわれる。
17 北塚貝塚  19.2.7
 市街地の西、日野川と木更毛川が合流する地点に位置する。
18 免鳥古墳群  19.2.8
 福井平野の北西端にある古墳群。この中の免鳥5号墳(通称免鳥永山古墳)は福井市内最大で5世紀始めの越前の大首長のものと推定される。
9 文殊井笥(いけ)  19.2.9
 泰澄太師が文殊山開創の第一歩を踏み出した場所。文殊菩薩を文殊山の本尊として崇め、霊水があると信じられてきた井戸の場所に石祠を建て、文殊井笥と称している。
20 文殊山  19.2.10
 泰澄太師が開基した霊山で越前五山の一つである。平成6年、国の重要文化財に指定 された木造十一面観音菩薩立像が祀られている。
21、篠尾廃寺跡塔心礎  19.2.10
 塔の基礎は1辺約12.1メートルで、法隆寺の5重の塔の基礎にほぼ匹敵する。
22 東大寺領荘園(糞置荘)  19.2.11
 東大寺の糞置荘は、時代の異なる2枚の開田図が作成されて、奈良時代の荘園経営の進み具合を知ることができ、描かれている地形は昔と変らず現状に一致している。
23 木造十一面観音菩薩立像  19.2.12
 白山信仰と深い関係のある文殊山麓の遺存する桧の一本彫成像で、平安中期の作とみられる。平成6年、国の重要無形文化財となった。

24 九十九橋  19.2.13
 古くは北ノ庄大橋や福井大橋などと呼ばれた。半石半木の奇橋として全国的に有名な橋で、明治42年に掛け替えられる330年ほど続いていた。まで
25 舟橋  19.2.14
 舟を48艘繋いで、その上に板を渡して作られた橋.現在の九頭龍橋にあった天下三大舟橋の一つ。柴田勝家によって天正6年に造られ、何度も架け替えられた。
26 元覚堤  19.2.15
 福井藩主・結城秀康が、九頭龍側左岸の松岡から北野にかけて築かせた連続堤防。福井藩家老・本多富正ニ命じたことから、その号をとって「元覚堤」と呼ばれている。
27 加賀口御門址  19.2.16
 加賀百万石前田家に対するため福井城下の北の備えとして門を中心に三方を囲む形
で塀をめぐらしてあった。現在は瓦屋根のついた碑文が残っているのみ。
28 笏谷石  19.2.17
 足羽山から採掘されていた、青味をおびた石。江戸時代に特産品として北前船で佐渡・東北・北海道などへ運ばれ、神社の鳥居や城の石垣、敷石などとして使われた。
29 丹巌洞  19.2.18
 福井藩主・松平斉善の侍医として、また松平春嶽の侍医長として務めた、侍医山崎瑞庵が、江戸後期に薬園として営んだものである。
30 おさごえ民家園  19.2.19
 福井に生きた先人たちの暮らしを垣間見ることができる古民家園。
31 旧福井信託(株)社屋  19.2.20
 昭和9年に建てられた旧福井信託(株)の社屋。外部は、花崗岩と擬石で仕上げられ、北東の隅を丸くした地下1階、地上3階の鉄筋コンクリート作りの重厚な概観である。
32 旧足羽揚水ポンプ場  19.2.21
 足羽山の東山麓にあり、大正13年頃の完成と推定される。貴重な近代建築であり、また当時の上下水道事業の記念碑的なものになっている。

人物の部
33 継体天皇  19.2.22
 越前出身の天皇。天皇の事跡伝説として、越前平野の治水伝説と笏谷石の採掘伝説がよく知られている。明治17年足羽山三段広場場頂上に笏谷石製の石像が建立。
34 朝倉孝景  19.2.23
 朝倉氏初代一乗谷城主。応仁の乱で京の西軍の武将として参加しその名をとどろかせる。その後、越前に戻り、文明3年には拠点を一乗谷へ移して越前を掌握した。
35 結城秀康  19.2.24
 初代の福井藩主。徳川家康の次男として生まれ、関が原の戦いでの功績により越前
 北ノ庄(福井)68万石の藩主に任じられた。
36 岩佐又兵衛  19.2.25
 江戸初期の画家。福井興宗寺の僧・心顔と親しくなったことで北ノ庄にやってきた。
 代表作としては「川越東照宮の三十六歌仙人」(重要文化財)があげられる。
37 中根雪江  19.2.26
 幕末福井藩主。藩主松平春嶽の側近として藩政の改革に大きく活躍し、公武合体路線を強力に推し進めた。
38 吉田東篁  19.2.27
 儒学者。藩に、直言し、政治的役目を果たした他、藩校明道館教授として、橋本左内、
 由利公正、杉田定一等、幕末から明治維新にかけて活躍する多くの人材を育てた。
39 笠原白翁  19.2.28
 医学者。当時不治の病と恐れられていた疱瘡を種痘によって予防し、多くの人々の命
 を救った。
40 橘 曙覧  19.3.1
 幕末の歌人、国学者。福井城下石場町に生まれた。曙覧が詠んだ歌の一つに独楽吟(「楽しみは〜とき」形式で詠まれた52首の連作の短歌)がある。
41 鈴木主税  19.3.2
 幕末福井藩士。藩主松平春嶽の寺社町奉行となり、善政を敷いた。その後春嶽の側
近である側向頭取にも起用された。また、橋本左内の俊才を見出し、春嶽に推挙した。
42 松平春嶽  19.3.3
 幕末の明君。藩主としては財政再建を中心とする藩政の改革を押し進める。また、藩校明道館を設けるなどした。職を退いてからは文筆活動に入り、その随筆や記録は春嶽公 記念文庫として戦後福井市に寄贈された。
43 由利公正  19.3.4
 幕末福井藩主。藩主松平春嶽に仕え、横井小楠らと藩政立て直しに貢献。明治維新
 では政府の参与役隣、新政府の財政危機を救った。初代東京府知事に就任するなど、明治政府の重鎮として活躍。
44 橋本 左内  19.3.5
 幕末の福井藩主。福井城下常磐町に生まれ、15歳で有名な「啓発録」を著した。藩主松 平春嶽にその学才と見識を認められ、藩政に参画するが、「安政の大獄」で.26歳の若さ で処刑された。
45 細井 順子  19.3.6
 家庭を持った主婦であったが、福井織物の近代化のあゆみの功労者であり、「福井織
り姫」の第一号といえる。足羽山に記念碑が建立されている。
46 日下部太郎・グリフィス  19.3.7
 太郎は明治元年ニューブランデイック市のラトガ−ス大学に入学したが、卒業を目前に病 死。先輩として太郎を指揮してきたグリフィスは、藩の要請で、かって太郎が学んだ明道 館で教鞭をとった。こうして、2人は「太平洋に心の掛け橋」を架けた。
47 杉田定一  19.3.8
 自由民権家、衆議院議長。現在の福井市波寄町で生まれた。自由民権運動に
没頭し、国会開設運動に尽力した。郷土のため、河川改修や国鉄三国線の建設に家財をなげうって献身した。
48 岡倉 天心  19.3.9
 近代の美術思想家。母親が越前出身であったため、福井と密接な関係をもっていた。
 文部省に勤務し、米国人フェノロサ等とともに東京美術学校の設立に力を注ぎ、日本美術院の新興のために活躍した。
49 市橋 保治郎  19.3.10
 今立町野岡に生まれ、明治32年福井銀行を創設.地場産業の育成を掲げ、「人絹王国福井」の陰の立役者となった。また、福井商工会議所の会頭を12年間務め、福井経済界の発展に寄与した。
50 岡田 啓介  19.3.11
 現在の福井市日之出3丁目に生まれ、旧制福井中学校を経て、海兵学校を卒業し、昭和 9年首相となった。旭小学校の北側には彼の誕生地の石碑が立っている。
51 大森 房吉  19.3.12
 わが国地震学の祖。福井城下で生まれる。「地震学講話」を出版するとともに震災予防調査会を設立主催して国内の地震予知に努力した。
52 奥 むめを  19.3.13
 婦人運動のリーダー的存在。大学の先輩である平塚らいてうに誘われて新婦人協会を設立した。参議院選挙で当選を果たし、庶民の立場に立った生活に根付いた運動を展開 した。
53 豊田 三郎  19.3.14
 美山地区在住の世界的画家。70歳を過ぎてからふるさとの自然を描くことに専念。美山の杉や足羽川を描いた風景画が世界的に評価され、「瀞」が世界芸術文化遺産に認定されている。
54 宇野 重吉  19.3.15
 劇団民藝の創立者。滝沢修らとともに「劇団民藝」を設立し、演劇の発展に尽力する。

食の部
55 越前ガニ
  19.3.16
雄はズワイガニ、雌はセイコガニといい、ゆでたてのものをほおばると、甘い茹で汁が口いっぱいに広がっ  て、手が止まらなくなる。解禁は11月上旬頃。
56 地酒  19.3.17
酒造りの原点は水。福井の母なる川、九頭竜水系の水は天下一品。そんな澄み切った水と全国有数の良 質の酒造米が育んだ福井の地酒は素晴らしい芸術品である。
57 甘えび  19.3.18
越前ガニとともに冬の味覚の王者である。とけるような甘さと、なめらかな舌ざわりが最高で、特に青い透き通るような卵を持ったものは一級品。
58 越前うに  19.3.19
日本海で取れた新鮮なウニの卵巣を秘伝の技で塩漬けにし練ったものでピリッとした塩味とコク、滑らかな舌触りは最高。福井でしか楽しめない逸品。
59 福井の水  19.3.20
厚生省(現厚生労働省)が選定し“美味しい水の都市”(414都市中32都市)にも挙げられている。
60 越前おろしそば  19.3.21
その歴史は古く約400年ほど前にルーツをたどることができる。おいしさの秘密は、引き立て・打ち立て・茹でたたての3つの“たて”と辛みの利いた大根おろしなどの薬味。素朴な味わいは格別。福井市内の各地でこのおろしそばを充分に味わうことができる。
61 もみワカメ  19.3.22
海から水揚げしたわかめを干した後、細かくていねいに砕き、瓶詰めにした逸品。お中元などの贈答品として用いられている。
62 コシヒカリ  19.3.23
コシヒカリというと新潟県の名を挙げる人が多いが、実は昭和28年に福井県農業試験で始めて品種改良に成功し、同31年に農林100号として品種登録された。
63 花らっきょ  19.3.24
三里浜の砂丘地帯で、全国で唯一3年間堀りらっきょうとして収穫される.小粒で実が締まり、繊維が細くスジもなく、歯切れのよさが特徴。
64 河内赤かぶら  19.3.25
日本3大赤カブのひとつに数えられ、味見河内町でのみ焼畑農法により栽培される。酢漬けなどにすると鮮やかな深い紅色で歯ごたえがあり、ほろ苦さの中に甘味と辛みの独特な風味がある。
65 たくあんの煮たの  19.3.27
「たくあん漬け」を夏から秋にかけて煮て食べる家庭料理。酒のつまみにもご飯のおかずにも、お茶漬けにもピッタリの福井独特の料理である。
66 ソースカツ丼  19.3.28
福井でしか味わえないカツ丼。秘伝のソースと、さらっと揚がった絶妙な厚さのカツとが、口の中で美味しさのハーモニーを奏でる。
67 羽二重(はぶたい)餅  19.3.29
薄くてなめらかな肌ざわりの高級「羽二重」にちなんで名付けられた福井の代表的銘菓。きめが細かくやわらかで、ほいのりとした甘さが特徴。
68 水ようかん  19.3.30
福井の冬を代表する「水ようかん」。黒砂糖のほのかな甘さと、するっととけるようなみずみずしい舌ざわりが特徴。

文化風俗の部
69 糸崎の仏舞
  19.3.31
真言宗智山派・糸崎寺で1年おきにの4月18日に行われる。金色の仏面に、馬の法衣という出立ちの8人の舞手が厳かに優美な舞を奉納する。重要無形民族文化財。
70 大丹生町の奴  19.4.1
大丹生町の八幡神社の境内で神楽が奉納された後、6人の奴を先頭に、太鼓を打ち鳴らす子どもたちや神輿を担いだ大人たちが町内を練り歩く行事。
71 国山の神事  19.4.2
1月3日に1年の農作業を模範的に演じ、この年も五穀豊穣であるよう予言的に祈る予祝行事。昔は毎年、今は4年毎に行っている。夜の9時に始まり、夜中の1時頃に終わる。国選択無形民族文化財。
72 じたんじょう行事  19.4.3
毎年5月5日に小中学生が参加して行われる行事。行事の中心となるのは、太い若木などで作ったシシ。全員が「じたんじょうじたんじょう」と連呼しながら進む。県指定無形民族文化財。
73 馬鹿ばやし  19.4.4
火産霊神社にて5月24日に行われる。300年の歴史を誇る郷土芸能。能面や狂言面など37の面がありユーモラスな動作で太鼓を打ち鳴らし笑いを誘う。県指定無形民族文化財。
74 花山行事  19.4.5
栃泉町の男の子たちで行われる5月5日の端午の節句の花祭りで、子供たちが竹の先にツツジや藤の花などを円筒状に飾りつけた花山を持って「花山権現」と連呼しながら町を一巡する。県指定無形民族文化財。
75 福井大仏・お多福神行列  19.4.6
福井大仏西山光照寺で節分の日に、お多福や鬼を従えた行列が、同寺付近の呉服町商店街などを巡り節分の豆まきを行い、1年間の厄払いをする伝統行事。
76 睦月神事  19.4.7
約600年の歴史を持つ、天下泰平・国家安泰・五穀豊穣などを願って奉納される神事能。4年に一度の2月14日に大森町の賀茂神社で行われる。国指定無形民族文化財。
77 一乗地区のホタルまつり  19.4.8
毎年6月の上旬に一乗地区で開催する初夏の風物詩。県内外から沢山の人が訪れる。一時は絶滅の危機に瀕した源氏ボタルを人工飼育し、ホタルの里として守り続けている。
78 ふくい春まつり(越前時代行列)  19.4.9
毎年4月の桜の時期に行われる越前時代行列。新田義貞、朝倉義景、柴田勝家、結城秀康、松平春嶽、そしてお市の方など福井の歴史を彩った戦国の勇士や武将たちが、鎧冑に身をかため、福井市中心部から桜が咲く足羽河原にかけて勇壮な時代絵巻を繰り広げる。
79 福井フェニックスまつり  19.4.10
毎年8月の第一日曜日を中心とする土、日、月に福井市中心部で繰り広げられる夏の風物詩。民謡・YOSAKOIイッチョライ、100万人のためのマーティング、花火大会など、市内は賑やかな熱気に包まれる。
80 イッチョライ節(YOSAKOIイッチョライ)  19.4.11
昭和37年、置県80周年を記念し、新しいふるさとの歌として作られ(作詞西沢爽、作曲古賀政男)、島倉千代子によって歌われた。いっちょらい節をよさこい風にアレンジしたものがYOSAKOIイッチョライ。
81 織物(羽二重、人絹、合繊)  19.4.12
福井の織物産業は、明治時代には羽二重織物、昭和以降は人絹織物・合繊織物の生産と目覚しい発展を遂げてきた。現在でも、品質、技術力、商品開発力ともに世界トップクラスの実力である。
82 九頭竜川のサクラマス・鮎  19.4.13
九頭竜川は全国的に数が少なくなっている天然サクラマスが遡上することで知られ、毎年2月に解禁になると全国から多数の釣り人が訪れる。
83 21世紀わがまち夢プラン事業  19.4.14
平成6年度から、市民がまちづくりの取り組む「うらがまちづくり事業」を展開。各地区の歴史や伝統に基づいた事業等が行われ、平成13年度からは、これをさらに発展させた「21世紀わがまち夢プラン事業」を行い、現在の「夢・創造事業」に引き継がれている。
84 足羽川の桜並木  18.4.14
日本のさくら名所100選に選ばれた。足羽川の堤防(木田橋〜新明里橋の間)沿いの桜並木で、約600本・全長2.2kmになる。満開の春にはピンク色の壮大なトンネルくぐりが楽しめる。
85 菜の花ロード  18.4.15
東安居小学校の児童と東安居の住民が連携し、菜の花の種取り、足羽川の水越橋一体の堤防に種まきを行っている。春には、堤防一面に菜の花の黄色い絨毯が咲き乱れる。
86 あじさい  18.4.16
福井市の花。春には淡いピンクに染まった足羽山は、初夏には約1万5千株のあじさいが咲き誇り、薄紫へと彩りを変える。
87 足羽山公園  18.4.17
福井市街地の西南に位置する標高116.8mのの山。継体天皇像や古墳群、博物館などがあります。初夏には約1万5千株もの市花のアジサイが咲き誇る。
88 愛宕坂  18.4.18
愛宕山(現在の足羽山)にあった愛宕大権現社への参道。坂の途中には橘曙覧記念文学館、茶道美術館がある。
89 アップルロードと100年時計  18.4.19
福井西武・ロフト間の茶色で統一されたおしゃれな石畳道。「100年時計」はその歩道に設置されている。100年分の目盛りがあるからくり時計である。
90 一乗滝  18.4.20
朝倉氏遺跡を貫いて流れる一乗谷川の上流に、落差12mの荘厳な水の糸を引く滝。剣豪“佐々木小次郎”がここで修業を積み、秘技“燕返し”をあみだしたとされている。
91 駅東大通りのケヤキ並木  19.4.21
福井駅から東に向かう城東橋までの駅東大通りの中央分離帯に25本のケヤキが植樹されている。駅東に県都玄関口として風格を備えている。
92 SSTランド  19.4.22
SUN(太陽)、STAR(星)、TREE(木)の頭文字を組み合わせて名付けられた。バーベキューハウス、アスレティク、童話の森、バンガロー、パターゴルフ場などがある。
93 越前水仙  19.4.23
越廼地区が発祥といわれる越前水仙。日本水仙三大群生地のひとつ。冬季、越前海岸の急激な水仙畑で日本海の寒風に耐え、凛として咲く姿は崇高である。近くには、水仙の里公園の施設も整備されている」。
94 亀島・鉾島  19.4.24
亀島は、国指定無形民族文化財「仏舞」で有名な糸碕町の本尊千手観音が亀にのって渡ってきた後、その亀が島になったと伝えられる島。周囲2Km。鉾島は東尋坊のミニチュア的島。
95 ガラガラ山  19.4.25
杉木立の間から真っ青な海を臨み、麓には生命感に満ちた緑に囲まれたキャンプ場があり、贅沢なアウトドアライフが楽しめる。また、山の中腹には、北緯36度・東経136度の経緯度交差点が通っている。
96 国見岳森林公園  19.4.26
標高656mの国見岳山頂に広がる森林公園。付近は市民憩いの場(芝生公園、キャンプ場、展望台等)として整備されている。また2基の風力発電タワーは見ごたえがある。
97 越廼海水浴場  19.4.27
貝殻まじりの白い砂浜と水の透明度には定評がある。夏のバカンスシーズンには大勢の海水浴客で賑い、水平線に沈む夕日や漁火の美しい。海辺は釣りのスポットとして有名である。
98 コスモス広苑  19.4.28
東京ドームの10倍以上に敷地に、約1億本ものコスモスが咲き誇る。9月下旬にはコスモスまつりが開催される。
99 五太子の滝  19.4.29
国見岳の西南、福井市五太子町を流れる一光川の上流にある名滝。落差20mで、水音が鼓を打つ響きに似ているとところから」またなおナを“鳴滝”とも呼ばれている。
100 芝原用水  19.4.30
福井城築城に際し、結城秀康の命によって作られた用水で、大正の末期に水道ができるまでの数百年の間、福井市民の生命を支えてきた記念すべき用水である。
101 西部緑道  19.5.1
足羽山と福井運動公園を結ぶ全長635mの水と緑の遊歩道公園。小川が流れるウオータフロントスクエア、四季折々の草花と噴水が楽しめるフラワーガーデンなど7つのゾーンに分かれている。
102 たかす・鮎川海水浴場  19.5.2
毎年30万人もの観光客で賑わう、北陸を代表する海水浴場。近くには多くの民宿・旅館があり、夏になると浜茶屋やカラフルなパラソルが姿を見せる。
103 波の華  19.5.2
冬。日本海が荒れているときに鷹巣海岸の岩場あたりで見られる波が泡立って華のようになって、ふわふわ海岸の岩間を漂う泡のこと。冬の越前海岸の風物詩といえる。
104 ふくい健康の森  19.5.3
子供からお年寄りまで、楽しみながらさまざまな身体活動を通じて、自然の中で健康づくりや生きがいづくりを行うための総合拠点施設。
105 福井県立音楽堂「ハーモニーホールふくい」  19.5.4
田園地帯の中に位置している。大小2つのホールがある。国内外の優れた音楽を鑑賞できるとともに、発表や研修、練習の場としても気軽に利用できる。
106 福井市美術館「アートラボふくい」  19.5.5
本市ゆかりの彫刻家・高田博厚の作品を収録、展示している。創作活動のできるアトリエも設けられている。
107 武周ヶ池(殿下地区)  19.5.6
天正18年頃に池の東側にあった天賀峰という山が山津波を起こして崩壊し、谷を塞いでできた池だと言い伝えられている。緑深い森に囲まれた池は外周4Kmで、周囲には遊歩道もあり森林浴が満喫できる。
108 美山森林温泉「みらくる亭」  19.5.7
杉木立の中にある自然の環境を生かした温泉施設。ゆっくりとくつろげ、木と畳の香りに自然と心が和む。地下1,001mから湧き出る天然温泉は、無色透明でにおいもなく、飲用としても効能がある。
109 路面電車   19.5.8
福井鉄道の福武線は、武生と福井市内を結んでいる私鉄の電車。低床形の車両を導入し、市民の足として活用されている。

 

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