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NO。216 福沢諭吉と損害保険・生命保険 (2007.12.19)
 わが国の損害保険・生命保険・の生みの親は「福沢諭吉」です。このことを知らない人が多いのには驚きます。
 福
沢諭吉は明治の思想家、慶應義塾の創設者であり、1万円の肖像にも使用されています。著書「学問のすすめ」の中で「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の名言を残しています。
 福沢諭吉は明治維新を目前にして遣欧米使節の一員として数度の外遊を通じ、外国における商取引、航海、通商、貿易、会社経営等の実情を見聞録「西洋旅案内」でわが国に紹介をしました。また「西洋旅案内」で、「災難請負・・インシュランス」として損害保険・生命保険をわが国に初めて紹介しました。
 明治に入り、明治12年に三菱財閥の岩崎弥太郎と渋沢栄一により「東京海上保険会社」が設立されました。明治14年には「明治生命保険(現、明治安田生命)」が設立されました。

 
 損害保険の歴史をひも解いてみましょう。
 紀元前4世紀、ギリシャや地中海の商人の間で「冒険貸借」がありました。
商人が船や積荷を担保にして金を借り、海難事故などで無事に帰港できないときには返金しなくても良いという仕組みでした。その後、イタリアで本格的な「海上保険」が誕生しました。
 近代的な損害保険の発祥は「ロンドンのロイズ・コーヒー店」
保険業者が集まるコーヒー店は情報交換の場となり、店主により海運情報などを載せた「ロイズニュース」も発行されていました。その後、会員組織の保険組合となり「国際的な保険市場ロイズ」の誕生につながりました。1666年ロンドン大火後に保険は海から陸へ、海上保険をヒントに火災保険が誕生したのです。
 生命保険の歴史をひも解いてみましょう。
 中世のヨーロッパのギルド(同業者組合)や牧師たち
が、仲間が死亡したときに遺族の生活保障や香典のために毎月掛け金を積み立てたのが始まりといわれます。しかし、死亡者が増え加入者が減少、また年寄りも若者も全ての人が同じ掛け金であったため若者の不満をかうなどの理由で長く続きませんでした
 18世紀に入り、ハレー彗星の周期を計算した天文学者ハレーが「生命表」を作成し、」人の年齢別の死亡率を統計的・確率的に表しました。ここに近代的な生命保険のシステムがイギリスで誕生したのです。